北京での生活は他人の銀行口座を使って生活しているようなものだと思う

 

以前仕事で4日間、中国北京へ行く機会があった。
普段は上海に行くことが多いので、北京に行くのはこれで3度目。

 

中国で過ごす際、中国語を話せないというのは結構不便である。

なぜなら真昼間の中国の街中で、日本語はおろか英語を話せる人に出会える確率は低い。
かなり低い。
どれくらい低いかというと、日本国内で中国語を話せる日本人に出会う確率と同じくらい低い。
上海であれば外国人慣れしているところも多いのだが、北京は特にそうだと思う。

 

 

しかし夕方以降になると英語を話せる中国人に出会う確率は途端に上昇する。

なぜなのか?

それは普段、彼らはオフィスビル内で勤務するホワイトカラーであり、退勤時間になると続々とビルから出てくるレアキャラ的存在だからだ。

 

今回、積極的な北京街中散策をする中で、一人の中国人の男の子と出会い

「北京での生活はどうですか?」

という質問を投げかけるに至った。

 

 

 

北京在住の青年にいろいろ話を聞いてみた

彼は北京在住の27歳。

北京出身ではなく、ちょうど中国とモンゴルの国境付近にある地区、内モンゴル地区出身だ。中国の大学を出てカナダに留学後、帰国してすぐに中国の銀行に就職し月収は10000元(約16.5万円)。

中国は地域や業界によって収入格差が激しく、田舎へ行けば月給1000元ももらえないようなところも存在するので、まさに彼は中国のホワイトカラーエリート、いわゆるレアキャラの方の人である。

 

初対面でよく私たちに収入まで話をしてくれたなと思うが、聞き手が外国人であったからこそオープンに話してくれたのかもしれない。

 

この彼の話を聞いて私の頭によぎった感想が、タイトルである「北京での生活は他人の銀行口座を使って生活しているようなものだと思う」だったのだ。

 

 

 

それは一体どういうことなのか?

 

上記の質問を投げかけた時の彼の第一声は
「不便だと思う」だった。

まず中国には14億人という世界1の人口を誇る国であり、北京はその国の首都である。
上記でも紹介したが中国は都市によって賃金格差が非常に大きく、より良い条件の仕事を求めて大都市へ日々たくさんの人が集まってくる。

 

そのため、すでに大都市である北京の人口は2100万人を超えており、とにかく人が多い。

どこに行っても人、人、人。

それによって交通マヒが頻発する。
朝と夕方の通勤ラッシュ時なんてもう、道路で車がみっしり詰まり、もうどうしようもない状態になる。
簡単に生活インフラが止まってしまうのならば、確かに不便だ。これは日本に住んでいる私たちにも理解しやすい問題だと思う。

 

しかし、北京には北京に住む者にしかわからない「北京独自ルール」があったのだ。

 

 

 

独自ルールその1:北京で5年以上住まないと家を購入することはできない

言い換えると、北京市に5年間税金を納めなければ不動産、住宅を購入することが出来ない。どんなに良い条件の不動産の話を聞いても、どんなに素敵な家を見つけても、北京市で5年間働いて税金を納めた実績がなければ、決して購入することはできないのだ。

 

しかしこのルール、不動産ならまだいいと思う。

 

大きな買い物であるから、ホイホイ気軽に勢いで買うより、ある意味真剣に慎重に考えられて良いかもしれない…と考えられなくはない。

ただ、中国で男性が結婚を望む場合、持ち家がないと厳しいことから間違いなく晩婚化の原因にはなると思う。つまり、北京の中国人男性はおうちの衝動買いはできず、電撃結婚もできない。

 

 

 

独自ルールその2:車を購入したい場合、政府に事前申請をしなければならない

なんと車を自由に買うことが出来ない。
家はまだしも、車まで。

 

すでに北京では慢性的に交通渋滞が起きているため、車の台数を制限しないと交通機関がマヒどころか完全に死んでしまうからなのだろうが、市民からしたら不便極まりないことは確かである。
幸い、北京はバスや地下鉄の路線が張り巡らされているので、車がなければ生活できないというわけではないが、それでも車が欲しい人にとっては悲しい現実だ。

 

さらに北京といえば、空気汚染。

私が中国へ行くと言うと誰かに必ず「青空見えるの?」と聞かれるくらい有名な、PM2.5問題。
車を規制することで排気ガスを削減して、空気の質を継続的に改善することも目指しており、ナンバープレートの数字によっては走行してはならない日があるなど他にも細かく規制がある。

ただしバイクに関しては、この限りではない。

 

 

 

もし車を購入したい場合どうするのか。

まず、事前に政府に「車を買いたい」と申請する。

そうすることでナンバープレート交付の抽選の参加権を得ることができる。
抽選はいつの間にか行われていて、ある日突然忘れた頃に「抽選に当たったから車を買ってOKだよ!」という通知が来るのだそうだ。

2100万人が住む街で抽選が当たるのを待つのは、一体どれくらいの時間がかかるのだろうか。

 

「抽選に当たるまではどれくらいかかる?1ヶ月?半年?」

と聞いてみたが、彼は肩をすくめて首を横に振るだけだったので、本当にいつ当たるのかわからないのだと思う。

 

 

中国だし、お金を積んだら抽選に当たるという不思議なことが起きるのではないかと聞いてみたら
「お金があってもなくても、偉い人でも無職でも、この抽選に当たる確率は同じ。めちゃくちゃ公平。」
とすぐに言い返された。

 

しかし同時に
「ぶっちゃけ公平じゃなくてもいい。いろいろと自由になるならお金を積んでもいいと思う」
という正直な意見も頂戴した。

 

 

 

やはりこのタイトルに戻ってくる

お金があるけれど自由に引き出して使えない、他人の口座を使わせてもらって生活しているような感覚に、北京のこの状況はすごく似ていると思う。

 

「同じ中国の大都市でも、上海はお金があれば何でもできる街。北京はお金がたくさんあってもどうにもならない街だ」

 

なるほど、どんなにお金があっても自由に使えない。
欲しいものがあっても自由に手に入れられない。

 

だからこそ、中国人の方たちは使える時にお金を使うし、自由という目に見えないものに対してもお金を使うのだ。
いつでもお金で解決できる状況でない時があるからこそ、お金で解決できる時に解決するのだ。(もちろん全員に当てはまるわけではないけれど)

日本人とお金の使い方や考え方が全く違うのは、国内事情にも原因があるのだ。

 

 

 

さいごに

スマホ文化でアプリが発達していて便利なはずなのだがそのほとんどは中国仕様。
さらに簡単な英単語も通じない時もあるため、中国語がわからない人は不自由を感じる場面によく遭遇する。

しかし不自由は感じるが、何とかならないことはない。

人と人がコミュニケーションをとるにあたって言語はさほど重要な問題ではなく、大事なのは「なんとか伝えようとする一生懸命さ」。グイグイいくとわりとなんとかなる。

 

ただ、外国語を話せなくてもコミュニケーションはなんとかなるが、このように現地の言葉を話せることでより相手のことを理解することが出来る。

自分の理解が及ばない事柄であっても相手の背景を知ることで、自分が受ける印象はガラリと変わる。ちゃんと自分の耳で聞き、目で見て、自分の頭で判断することで、第三者によって歪曲された情報を受け取ることは少なくなり、あらゆる物事の関係性は大きく変わる。

 

 

中国語を学んだことで知ったことや得られたものは大きい、と私は思う。
母国語でない言語を学んだことで交友関係もぐっと広まった。

とりあえず、今の心境としては
「日本から出るつもりもないし、日本語だけでいいや♪」
と言って学生時代ろくに英語科目を勉強しなかった、あの頃の自分の後頭部を狙い撃ちしたい。

 

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